安居と盂蘭盆

夏になると お盆の季節といいます。
お盆は盂蘭盆といいます 
由来は釈尊の時代 目連という弟子がおり
夏の安居のとき 行が達して 神通力を得て,
自分の母親の死後の居所が餓鬼の世界にいることがわかり
釈尊に相談したら 7月15日に 
比丘が90日安居の行が終わるので
食事の施しをしなさいといわれ、その通りにされ、
母親を救ったというはなしです。

※現在では研究が進み 盂蘭盆は-ウランバーナ(逆さづり)ではなく
われわれが日常につかうお盆の意味であるという説もあります。
お盆に食べ物を持って僧侶を供養するということらしいですが..

-盂蘭盆経より-

安居というのは一定の期間 
僧がお寺にに篭り
自身の修養をする期間にあたります。
その期間90日が終わるのが受歳日といい、
僧にとって一年,年を取る日でもあります。
その日に在家の方が施しをするのが,
盂蘭盆だということで施餓鬼をする事でもなければ,
棚経であくせく僧侶が家を回る期間でもないのです。
反対に寺にいる期間なのです。
盆参りの始まりは
江戸時代のキリシタンの排斥が原因といわれています。

お盆/盂蘭盆をしようと思えば
安居が必要であり,
切っても切り離せない事なのです。
安居なくして盂蘭盆はないということです。
安居はわかりやすく言えば
僧侶にとっては自己探求の時季ともいえます。
そしてその期間を過ごし
清浄な僧に施しをしようというのが
盂蘭盆の原点で,
南伝では現在でもパンサーといわれ大切に守られています。

なぜかお盆のころの特集記事には
盂蘭盆のいわれは書いてあるものの
話が飛んで御先祖様の迎え方の説明となっているのが大半です。

一説では子盂蘭盆教は偽教-御釈迦様の時代ではなく
中国で作られた教典-ともいわれていますが
棚経にまわることも日本独自の政策でもあり
それが時代を経て現在にいたっているというわけです。


いま国民が文化として
お盆といい精霊をむかえるのは
仏教以前の神道的な
文化の一端と考えるのがふさわしいと想います。
昔は庶民は遺骸は山に捨てられ,その魂は
夏の一定の時期に人里へ下りてくる.
.という精霊信仰がありました。
そのため.迎え火,送り火の行事があります。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

またこの季節に 施餓鬼と言う行事を行う寺院がありが
目連尊者の母が餓鬼道におちたことから
施餓鬼をされることがあるとおもいますが
施餓鬼会はは空海が持ち帰った経典が
元になっているもので
夏の行事とも限ったことではないといえます。